行政書士開業準備中~現在編14(生活保護編①)

一昨日の夜、今週の~シリーズに初めて投稿しました。

実は、かなり軽い内容でした。

というのも普段とは違って、馴染みの方ばかりが読むわけではないので、軽めにしておきました。

実際の祖母はあの倍以上、人として???という様な事をしていました。

 

祖父と、祖母はお見合いでした。

戦地帰りの祖父は、髪の毛が若干(これで分かりますよね)、、、でしたので、帽子を被っていました。

あろうことか祖母は、お見合いの席でその帽子を取って大笑いしていたそうです。

大和撫子のかけらもないですよね。グーパンチされても(犯罪ですが)文句言えないところかと思います。 

祖父の度量の広さに頭が下がります。

 

私が、小学生の時、騎馬戦で帽子を取られて勢い余って落ちました。

その時、それを見ていた祖母が食べかけのお稲荷さんを校庭に投げつけ、走り出そうとしました。(あんにゃろーとかよく分からん言葉をわめいたそうです)

その時は、私の両親が止めましたが、一番目立っていたかもしれません。

 

介護施設では、おむつに馴れず、「しっかぶる~、しっかぶる~、これ外せ~」とあらんかぎりの声を発していました。

職員さんの心労は察するに余りあります。

たまに面会にいくと、オロナミンC持ってこんかい、チョコが食いたいんや~と私と、私の父に怒鳴り散らす有様です。

 

万事がこの調子ですので人間性が推し量れます。 因みに祖母は九州出身、祖父は神奈川出身(横須賀ではないです)、婚姻後しばらく九州で暮らした後、横須賀に引っ越してきました。

 

さて、今は生活保護関連の書籍と、専門の方のブログを読んでいます。

私を含めてですが、この制度にあまり良い印象を持っている方は少ないかと思います。

ただ、勉強すればするほど、この制度は必要不可欠、最期の命綱といった感が否めません。

例えば、家のローンが残っており、更には育ちざかりのお子さんが居る家庭で、ご主人が脳梗塞か倒れた時、奥さんはご主人の介護に時間を取られ働きに出る事ができない場合、を想像して頂ければ分かるかと思います。

 

人間50年といった戦国時代ならいざしらず、今は100歳と言われるように、とてもとても長い人生です。

どうしても厳しい場面がでてきます。

ここを乗り切りさえすれば先が見えてくる、一時だけ凌げれば、事態が好転する、そういった時は、他に手段がないのであれば迷わず申請すべきだと考えます。

以前、お笑い芸人の母親が生活保護を受けており、相当バッシングがおきました。

確かに、あれだけの収入があれば母親の面倒を見ることができるだろうと、そう思うのは無理からぬことだと思います。私も思います。

ただ、手続きに瑕疵(あやまりの事)はないわけで、あの出来事を取って、生活保護=良くない、にはならないはずです。

私も、このブログで、皆さん生活保護を受けましょう、とアピールするわけではないです。

ですが、生活保護についての誤解が多くあり、私を含めて実態を把握していない方も多いかと思います。

本来受けるべき方が受けられず、そうでない方が受けているといった話は度々耳にします。

 

次回以降で、詳細を記載していきたいと思います。